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ちょっとご無沙汰してしまいました(苦笑)

ママチャレ修了の余韻の残る8月を過ぎ、ママチャレ2期生メンバーも
9月からはいろんな方面に活動し始める人が出て来ましたね

再就職先をみつけたり
そこまでいかないけど、とりあえず派遣会社に登録してみたり
もっと自分にスキルを身につけるべくまた学校に通うことにしたり
自分の仕事部屋を確保したり
昔取った杵柄で、媒体に書評を公開したり・・・・・・

ママチャレ2期生は比較的平均年齢が高めだったので(笑)
若いママたちと違って、企業に再就職を考えるには
不利な面が多々あります
これまで育児のために戦線離脱していた期間を
受け皿である企業は「ブランク」として扱うので、そうなると重ねた歳月が
無意味なものとされてしまう・・・
私は、これは「明らかにおかしいのではないか?」と考え始めています

10月に向けて、私もそろそろ自分に何かを仕掛けていこう
風さわやかな秋空に、ちょっと今決意を新たにしているところです
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2008.09.25 Thu l 働き方 l COM(2) TB(0) l top ▲
この頃考えていること

自分が「イメージしている働き方」と、自分に「向いている働き方」はイコールではない!ということ。「そんなアタリマエな!」、と言われそうですが(苦笑)

私が「働く」という言葉からイメージするものって、「稼げること」「かっこいいオフィス」「大きなプロジェクト」みたいな、いかにも(ちょっとバブリー?)なものが、まだまだ根強く残っているようです
でも、実際今自分がやってることは、「短時間=少ない稼ぎ」「自宅、もしくは業務請負先の中小企業の(ちょっとショボイ)事務所」「誰にでも出来る単純作業」・・・必然的に、今の状態では「働いている」ことにならなくなってしまいます。税金だって、ちゃんと納めてるにも関わらず(笑)

ママチャレ受講中に散々学んだ、これまでの自分の経歴(職歴に限らず)を肯定することの重要性。けれど、その「過去」と、これから向かいたい「未来」の間に、ものすごい差が広がっているように思えたとき、一体どう考えれば自分の選択にちょうどいい「落とし処」が見つかるのでしょう?

わかりやすい表現で言えば、中小企業での、しかも仕事内容も非常に狭い勤務経験しかなく、人脈もなく特別な才能や語学力もない子持ちの中年女性が、いきなり丸の内のオシャレなオフィスビルでタイトスカートにハイヒール姿で、海外の関係者と億単位の商談を丁々発止取りまとめる・・・なんて未来は、少なくとも短期間的にはあり得ないわけです

そんな逆転満塁ホームランを打つような再就職が出来る人なら、黙っててもオファーが来てるはず(苦笑)・・・そう、まずは自分が「イメージしている働き方」と、自分に「向いている働き方」についての「すり合わせ」が必要なんだと思うのです

自分は、ある程度方向性は決まってるように思ってたのだけど、ここにきて再び、自分の内在する働くイメージと、現状で選べる仕事のマッチングがうまくいってないなあ、と感じています。それはやっぱり「働く時間の長さ」と「得られる給与の多寡」の問題なのですが
考えてばかりいても時間が経つばかり、いっそ走り出してから考えれば?と思ったりもするものの、これから働き方を変えるなら、やっぱり自分の一生を賭けてもいいようなことにしたい・・・となれば、始めるだけじゃなくて「続ける」ことが出来ないようでは、意味がない気がするのです

華やかな仕事の裏には、暗黙の要求としての長時間労働や、短時間労働者には及びもつかないような重責を担う覚悟が求められます
その成果として、それなりのバック(給与)は得られるでしょうが、果たして外食や出来合のお総菜を持って帰って温めるだけの夕食、という生活に戻ることを自分がよしと出来るか?
可愛い盛りの1歳の娘を長時間保育に預け、息子の勉強をみてやる時間もなくキリキリするような生活をしても、それほど稼ぎたいのか?一体何時間働いていくらもらえれば、自分は納得するのか?

多分、「何をしたいか」だけではなく、「何をしないことにするか」。これをもっと考えなくてはいけないんでしょうね
2008.08.26 Tue l 働き方 l COM(12) TB(0) l top ▲
私がお世話になったのも「ママチャレ」だし
実際自分は二人の子供を持つ「ママ」なんですが

ことさらに自分が「ママ」を強調するかどうか?というと、そこに関しては
ちょっと自分の中に違和感があります
誤解してほしくないんですが、他の方が「ママ」をアピールすることに
ついては、そういう違和感はありません(念のため)

自分のキャラにない感じ、というのか・・・自分はきっと「ママ」である前に
「esumi-yuki」なんだ、と思っていたいんでしょうね

子供を持つ女性の就労状況については、表現としてはアレですけど
下駄を履かせてもらう必要はまだまだある、と思います
一日の大半を仕事に「だけ」費やせる、独身者や一般の男性サラリーマン
と同じ100%ビジネスモードで働けるわけはないので、それは決して
子持ち女性の甘えとは思わないです(ま、当事者ですからこの発言自体
「甘えだろ」と言われれば仕方ないですが)

ただ、これからママチャレで得た何ものかを実社会で活かしていきたい、と
思ったとき、私がやる「何か」は「ママだから」「ママのために」という冠は
つかないものなるだろうな、と思っています

「ママ」って、ある意味一生の状態であり、一時的な状態でもありますよね

私が産んだ二人の子に対して、私がその子たちの「ママ」であることは
一生変わりません
でも、子供に手がかかる今(一般的な人の抱く「ママって大変」というイメージ)
の状態が、このまま一生続くわけでもありません
いやむしろ、私が平均寿命まで生きるとしたら、今のような状態なんて
2割以下の割合なんですよね

子供でいた時期もそれくらいあるから、親に庇護されたり、親として庇護する
状態以外の、いわゆる「大人」として自分の人生に向き合う時間は、一生の
うち6割ほど
独身時代もあるからそれは差し引くとして、どう見積もっても自分の人生の
半分は「esumi-yuki」として生きていくわけです

私と仕事との関係は、子供に手がかかる今の状態の自分を助けるもので
ありたいけれど、でも成果として表れる物は「ママ」にだけフォーカスしない
ものにしたい
そんなことを漠然と考えています

倒れるまで働く!なんてスタイルを自分が取ることは、この先絶対にない
のはわかっているので(笑)、ことさらに「ママ」を強調しなくても、そういう
自分の志向性で働き、それが社会に受入れられるとすれば、それは
必然的にどんな人たちにも馴染みやすい社会へのアプローチになるのでは
ないか?
いや、出来れば社会にそういう動きを働きかけていけるような、そんな
仕事は出来ないものだろうか・・・

こんな感じで、まだまだ「ママチャレ受講後」の模索は続いています
とりあえず現時点での自分の考えをまとめておきますが、きっとこれは
この夏の私の課題になる予定です
2008.07.27 Sun l 働き方 l COM(4) TB(0) l top ▲
ママチャレを受ける前には、子供が小さいときにも仕事が出来る体制が
あれば・・・と思ったけど、最近はちょっと変わってきました

日本女性の就労状況については、出産・育児期に極端に谷が出来る
M字型曲線を描く、というのは知られていることですが、今までは
M字にならないようにするには?という施策中心だった気がします

が、多分お母さんたちの要望はあくまでも、M字になること=子供が
小さいうちは手をかけたい、仕事は落ち着いてからでいい、という
もののはず
実際、今の自分もかなりスローペースな働き方になってるし、また
病気しやすい体調が急変しがちな乳幼児を抱えた核家族の母に
フルタイムワーカーやれ!というのは、そもそもおかしいのでは?

(病児保育設備も整ってるに越したことはないけれど、重篤な病気で
ない限り、家で親が見られるのが子供にとっては一番ですよね)

3歳児神話に囚われる、とかではなく、人の親になったばかりで
初めての子供相手の育児に右往左往してる、そんなときに
仕事の面でも新たな葛藤を抱え込んだり、家事分担で家族間衝突が
起きたりするのがわかってて、それでもなお働け!って女性にばかり
言うのっておかしいんじゃないかな?

「M字の凹部分からの復職が容易である」
「M字のときでもスローペースで働ける職がある」

そのための施策こそが、一番大切なんじゃないかな~と、上田晶美先生の
blog読んで思いました

子どもが小さい時は、仕事は少しずつ。それがワークライフバランスだ。

ともかく、働くことをあせらないで!若いママたちにはそう言いたい。
働く日はやがてくる。その日のために準備だけは怠りなく。
新聞をしっかり読み続ける。資格をとっておく。
バソコンスキルなどはいつも最新のものに合わせておこう。
そうして、二人、三人と子どもを生み、それから仕事しても遅くはない。
自分の人生なんだから、他人と比較したりせずに、自由に生きよう!
2008.07.02 Wed l 働き方 l COM(6) TB(0) l top ▲
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